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BEYOND DISCOVERY
日経サイエンス
B型肝炎の物語
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1. イントロダクション
2. B型肝炎:体を衰弱させる病気
3. 血液に手がかりを探る
4. ブレークスルーをもたらした血液試料
5. 驚くべき発見
6. 血液スクリーニング検査の革命
7. 粒子の正体は?
8. 肝臓ガンを予防するワクチン
9. 次々に明かされた多種の肝炎
10. クレジット
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BEYOND DISCOVERY
THE PATH FROM RESEARCH TO HUMAN BENEFIT
■粒子の正体は?
 B型肝炎表皮抗原(HBsAg)とB型肝炎の発見の恩恵は大きく,輸血を受ける人々をB型肝炎から守れるようになっただけでなく,すべての人々をこの病気から守ることにもつながった。1960年代後半,フォックス・チェース・ガン研究所(FCCC)に移っていたブラムバーグは,免疫学者でウイルス学者のワーナー(Barbara Werner)や電子顕微鏡専門家のバイヤー(Manfred Bayer),分子生物学者のラーブ(Lawrence Loeb)とともに,B型肝炎表皮抗原に陽性を示した血液から分離した微粒子を詳しく調べ,電子顕微鏡で観察した。いくつかの粒子はウイルスそのものだったが,ほかの粒子は核酸を含んでいないことがわかった。病気や感染を引き起こす遺伝子がまったくないのだ。
 
 いくつかの実験によって,これらの粒子が免疫系を刺激することがわかった。1971年,ニューヨーク大学の感染症専門家クルーグマン(Saul Krugman)は,B型肝炎で汚染された血液を加熱してウイルスを殺してから注射すると,B型肝炎を予防できることを偶然に発見し,論文で発表した。ブラムバーグが分離した核酸のない粒子は病気を引き起こさないものの,これを利用すると,免疫を刺激してB型肝炎ウイルスの感染を防ぐのに使えることを示唆する発見もいくつかあった。大河内らは,かつて輸血を受けて血液中にB型肝炎表皮抗原の抗体ができた患者たちの場合,抗体のない患者よりも輸血後に肝炎にかかりにくいことを突き止めた。
 
 B型肝炎表皮抗原がB型肝炎を防ぐ免疫反応を引き起こすという考え方に刺激を受け,フォックス・チェース・ガン研究所のブラムバーグとミルマン(Irving Millman)は,B型肝炎キャリアーの血液から得たB型肝炎表皮抗原の粒子でワクチンができるだろうと提案した。これはワクチン開発では特異なやり方だった。1969年以前は,すべてのワクチンは3通りの方法で作られていた。1つはウイルスや微生物を殺して感染性を失わせたものを利用する。もう1つは病原性生物の弱毒化株から作る方法で,ワクチンを接種した人は時に軽い症状を示す場合があるが,より病原性の強い野生株から守られるようになる。さらに3つ目の方法として,それ自体には病原性のない類縁のウイルスを丸ごと利用するワクチンも作られていた。しかし,人間の血液から作るワクチン,それもヒトに感染するウイルスの一部だけ,つまり「サブユニット」を使うというワクチンは初めてだった。フォックス・チェース・ガン研究所はこの考え方に基づくワクチン製法の特許を1969年に出願した。
 
image メルク治療研究所のヒルマン(Maurice Hilleman)は肝炎ウイルスの粒子やサブユニットからワクチンを開発できるということの重要性に気づいた。関連研究を独自に進めていたメルク社はフォックス・チェース・ガン研究所から特許使用権のライセンスを1971年に受け,その後何年にもわたる精力的な研究と実験の末,血液から精製したB型肝炎表皮抗原を使ってB型肝炎サブユニットワクチンを開発した。1980年,ニューヨーク血液センターのジュムネス(Wolf Szmuness)とメルク社の研究者たちは,このワクチンによってB型肝炎を90%以上の確度で予防でき,副作用のないことを示した。1981年にこの血清由来のワクチンは一般に利用できるようになった。
 
 一方これとは別に,動物を対象にした基礎研究では,米農務省のバカラック(Howard Bachrach)らが1981年に動物や人間に効果を発揮する初のタンパク質ワクチンを報告した。彼の研究は口蹄疫に対する初めてのウイルス性タンパク質ワクチンに結実した。
 
 B型肝炎サブユニットのワクチンを作るにはB型肝炎キャリアーの血液が必要で,実際にはこれらの血液が別のウイルスに汚染されている恐れも大きいため,大量生産は困難だった。カリフォルニア大学サンフランシスコ校のラター(William Rutter)らはこの問題に関心を持ち,1977年にメルク社からB型肝炎ウイルスを含む試料を入手した。彼らは遺伝子組み換え技術によって作り出したB型肝炎表皮抗原粒子をもとにB型肝炎ワクチンを開発することを提唱した。この新手法によれば,他の病原体の汚染がなくなり,ワクチンの大量生産も可能になる。
 
 こうしたワクチン生産の考え方は,まったく新しいものだった。ラターらはB型肝炎ウイルスの複製(クローン)を作ってB型肝炎表皮抗原の遺伝子配列をつかんだ上で,ウイルス粒子を作るような生物システムを遺伝子組み換え技術を用いて作り出すべく,さまざまな試みを重ねた。微生物を使う試みはうまくいかなかった。そうこうするうち,ラターは1980年から1981年にかけて,酵母を用いたモデル系を開発したワシントン大学(シアトル)のホール(Benjamin Hall)らと共同研究をした。ラターとホールは遺伝子組み換え酵母を使って純粋なB型肝炎表皮抗原粒子を作り出すのに成功した。ラターらはカイロン社を創設し,メルク社と契約してB型肝炎表皮抗原ワクチンを開発するとともに,遺伝子組み換え技術を用いた他の治療方法の開発にも乗り出した。メルク社ではヒルマンが,それまでの血漿由来の抗原ではなく,遺伝子組み換え酵母に作らせたB型肝炎表皮抗原を使って改良タイプのB型肝炎ワクチンを開発した。これは人間用の遺伝子組み換えワクチンの第一号で,9年間の研究の後に米食品医薬品局(FDA)が1986年に認可した。
 
 研究がさらに進むと,B型肝炎が血液を通してだけでなく,性的な接触によって人から人にうつったり,キャリアーの母親からその新生児にうつったりすることが判明した。ビーズリー(Palmer Beasley)らは1975年に台湾で調査を行い,B型肝炎表皮抗原に陽性の女性から生まれた幼児の2/3近くがこの抗原のキャリアーとなっているという重要な結果を示した。B型肝炎ワクチンはどんな経路で感染した場合にも効果を発揮する。B型肝炎ウイルスに感染した幼児や子どもたちは一生この病気のキャリアーとなる恐れが極めて高いので,米国を含め85カ国以上が子どもへのB型肝炎ワクチン接種を全国的に実施している。
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