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BEYOND DISCOVERY
日経サイエンス
エイズウイルスを無力に
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1. イントロダクション
2. 酵素の働きを探って
3. 阻害剤を設計する
4. エイズへの挑戦
5. ウイルスの繁殖を抑える
6. 標的をたたく
. 新たな展望
8. クレジット
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BEYOND DISCOVERY
THE PATH FROM RESEARCH TO HUMAN BENEFIT
■ウイルスの繁殖を抑える
 細胞に侵入したHIVの増殖を阻止するには,大まかに2つの道がある。1つはウイルスの遺伝子の複製を防ぐことで,逆転写酵素の働きを抑えるなどのやり方がある。もう1つはウイルスがタンパク質を作る過程を止めることだ。効果的なエイズ薬を探る初期の試みは,前者の戦略に基づくものが多かった。HIV遺伝子の複製を阻止する薬を求めて研究が進むうちに,1985年ごろまでにアジドチミジン(AZT)と呼ぶ逆転写酵素阻害剤が有望だとわかってきた。AZTはそれより何年も前に抗ガン剤として開発された薬だが,臨床試験の結果が不調で実用化していなかったものだ。一口でいうと,AZTはHIVの逆転写酵素がウイルスのRNAをDNAに変えるのを妨げる。当時はAZTによってウイルスの繁殖を遅らせてエイズの進行をうまく食い止められるだろうと思われ,その後数年間は同種の医薬品の開発が精力的に進められた。
 
image1  これに対し,ウイルスのタンパク質合成過程を阻害するという2つ目の道に注目した研究者もいた。彼らはHIVのプロテアーゼを詳しく調べ,プロテアーゼによってポリプロテインから個々のタンパク質が切り出される仕組みを探った。この切断過程を邪魔すれば,ウイルスの増殖を完全に抑えられるか,増殖しても不完全なものにしかならないだろうと見て,HIVのプロテアーゼを効果的に妨げる治療薬を目指して産学の科学者がこぞって研究を始めた。
 
 しかし,この努力は遅きに失した面もある。このころ,英国のウェルカム研究所のラーダー(Brendan Larder)とダービー(Graham Darby),カリフォルニア大学サンディエゴ校のリッチマン(Douglas Richman)はショッキングな研究結果を発表した。AZTを投与したエイズ患者では,1年足らずのうちにHIVが耐性を獲得してしまうのだ。AZTが使えないとなれば,事実上,エイズに手の打ちようがなくなってしまう。そこで多くの医師は,どんな医薬品も単独で使うとウイルスが薬剤耐性を持つようになると考え,複数の薬を混ぜて使う「カクテル療法」を提案した。ウイルス増殖過程の異なる段階を妨げるような薬を組み合わせて投与し,これらの段階を同時に阻害する考え方だ。いくつもの薬を組み合わせれば,効果も高まると期待される。
 
 当時,カクテル療法に使える薬剤はAZTとそれに類似した薬で,どれも逆転写酵素阻害剤だった。しかし,HIVのプロテアーゼを研究してきた科学者たちはプロテアーゼ阻害剤を組み合わせると有効だろうと考えた。心強いことに,HIVプロテアーゼに関する重要な進展が矢継ぎ早に起きた。1980年代半ば,レトロウイルスに関連するプロテアーゼがレニンやペプシンなどアスパラギン酸プロテアーゼと同じアミノ酸配列を持っていることがわかった。とすると,HIVもアスパラギン酸プロテアーゼを利用してタンパク質を処理しているのかもしれない。1986年,いくつかの研究チームがそれぞれHIVのプロテアーゼ遺伝子を分離し,この仮説を裏づけた。1988年までに,シーガル(Irving Sigal)と米国の製薬会社メルク社の研究チームは新たな遺伝子技術を使ってプロテアーゼ遺伝子が変異したHIVを作り出した。そして,プロテアーゼが弱体化する結果,他のレトロウイルスの場合と同様に,ウイルスが増殖しても未熟なものしかできず,免疫細胞に感染できなくなることを示した。
 
 その翌年, HIVのプロテアーゼの具体的な構造が初めて明らかになった。1989年,2つの研究グループがHIVプロテアーゼの3次元構造を確定した。メルク社のナビア(Manuel Navia)らのチームと,メリーランド州にあるフレデリック・ガン研究所のブロダウワー(Alexander Wlodawer)らのグループだ。HIVプロテアーゼはレニンやペプシンのようなアスパラギン酸プロテアーゼだが,サイズはずっと小さく,同じタンパク質の鎖が2本つながった構造になっていた。クルミの実が半分ずつに分かれるように,それぞれの鎖がクルミの実の半分を形作るような格好で組み合わさっており,プロテアーゼの活性部位は実の中心にあたる場所にあった。
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