小児白血病の
治療
1. 小児白血病の治療
―イントロダクション
2. 命を救われた少女
3. 標的を特定する
4. 鍵と鍵穴
5. 生産ラインを遮断する
6. 初期の化学療法
7. 仮説に賭ける
8. 系統的な医学研究
9. 新たな展望
10. クレジット
仮説に賭ける
 現在では遺伝子や染色体がDNAでできていることがわかっているが,DNAの研究は順調に始まったわけではない。1868年,ドイツのチュービンゲンで研究していたミーシャー(Friedrich Miescher)が,包帯にくっついていた膿の細胞から核を分離した。ミーシャーは核にリンを含む奇妙な化学物質が含まれていることを発見した(現在では,核は細胞の構成要素で,DNAを含んでいることがわかっている)。続く50年間に,DNAを構成する塩基と糖が分離され,その構造(原子の配列)が決定された。塩基は4種類あり,2種類はプリン塩基のアデニン(A)とグアニン(G),残り2種類はピリミジン塩基のシトシン(C)とチミン(T)だ。これらの塩基が糖やリン酸塩の分子を介して結合し,長い鎖となってDNAを構成する。染色体は1本の非常に長いDNA分子からできている。

 1942年,ヒッチングス(George Hitchings)はDNA塩基に基づく代謝拮抗薬の設計と合成を開始した。当時,DNAについてはほとんど何もわかっていなかった。ヒッチングスは反応経路(DNA塩基の生産ライン)を遮断しようと考えたのだが,その反応経路がどうなっているか,詳細はまるで不明だったのだ。DNAが細胞の情報倉庫であることが2年後にようやく示され,DNAの二重らせん構造がワトソン(James Watson)とクリック(Francis Crick)によって発見されたのは1953年になってからだ。この発見で, DNAがどのようにして「ほどけ」,その情報を読みとって複製できるのかが明らかになった(Beyond Discovery「遺伝子診断」を参照)。ヒッチングスがわかっていたのは,細胞が分割するにはDNAが必要だという点だけだった。細胞が新たにDNA塩基を作れなくするか,DNA中に欠陥のある塩基が含まれるようにすれば,細胞は増殖できなくなるはずだと考えた。

 ヒッチングスがまず必要としたのは,医薬品の候補物質を簡単に経済的に試験する方法だった。彼の研究室のファルコ(Elvira Falco)が,乳酸桿菌(Lactobacillus casei)を利用した試験システムを開発した。肝臓で作られる「乳酸菌発育因子」という物質か,プリン塩基(AまたはG)とチミン(T)の組み合わせのいずれかを与えれば,この細菌が牛乳や合成培地中で増殖するという現象に基づいた方法だ。

 1944年にエリオン(Getrude Elion)がヒッチングスのグループに加わった。エリオンは男性優位の化学分野にようやく入り込むことができた数少ない女性の1人だった。彼女はDNA中のプリン塩基に似ているが,完全には同じでない化学物質を驚くほど多岐にわたって合成した。1951年までに100種類を超える修飾プリン塩基を合成してテストした。その中には乳酸桿菌の増殖を遅くしたり,停止させるものがあった。そこで,エリオンはどの反応経路が妨害されているかを調べるために,チミンまたはいずれかのプリン塩基を過剰に加えてみた。これら「本当の」代謝物質を十分に与えれば,代謝拮抗薬が特定の酵素に及ぼす作用を上回り,反応経路が最終産物を生成できるようになって,代謝拮抗薬による妨害は無効になる。

 乳酸桿菌の増殖を遅くする化学物質を発見したエリオンは,人間の病気の治療にすぐにでも使ってみようと考えた。ヒッチングスは盛んに分裂する細胞の場合,分裂の遅い細胞よりもDNAを差し迫って必要としているから,DNA構成要素の供給を制限する医薬品を投与すれば,より強い影響を受けるだろうと考えた。問題は,実験に使う増殖の速い細胞として,何を選ぶかだけだった。細菌か原生動物か,ガン細胞か。最初に選ばれたターゲットの1つが白血病細胞だ。白血病には治療法がなかったうえ,薬を試験するためのモデルマウスがすでに利用可能になっていたためだ。

 ヒッチングスとエリオンの方が早くに代謝拮抗薬の研究を始めていたにもかかわらず,白血病の症状を軽くするのに初めて成功したのは別の研究グループだった。まず,ボストン小児病院のファーバー(Sidney Farber)がガンに対する葉酸(ビタミンの一種)の作用を調べ,葉酸によって病気が悪化するという結論を出した。今ではこの結論は疑問視されているが(そしてなぜ葉酸を調べたのかも彼の死とともに消えてしまった),この研究がきっかけとなって,レダリー・ファーマスーティカルズ社の研究者が葉酸に似た分子を作れば代謝拮抗薬になるのではないかと考えた。葉酸に似た分子によって,本来の葉酸の作用を阻害する考えだ。最初に試みられたのがアミノプテリンという物質で,葉酸の構造が報告された翌年に早くも臨床試験に入った。1948年,アミノプテリンを小児白血病患者に投与したところ数例で症状が一時的に軽くなったとファーバーの研究チームは報告した。症状が改善したのは少数例だけで,それも短期間しか続かなかったが,期待を抱かせるスタートだった。その後1年たたないうちに,葉酸に似た別の物質,メトトレキサートが開発され,この代謝拮抗薬が白血病の化学療法の中心となった。

 一方,エリオンが最初に成功したのは1948年,2,6-ジアミノプリンという化学物質を試したときだった。普通のプリン構造から2つのアミノ基が突き出ている物質だ。乳酸桿菌を使った試験で,この物質はアデニンがDNA中に組み込まれるのを阻害した。エリオンとヒッチングスは2,6-ジアミノプリンをニューヨークにあるスローン・ケタリング記念病院のバーチュネルに送り,まずマウスで試験してもらった。その後,白血病の成人患者に試したところ2例で症状が改善したが,この薬は強い毒性を示し,ほとんどの患者は耐え難い吐き気を感じ,嘔吐に苦しんだ。

 より優れた代謝拮抗薬を目指し,エリオンはプリン環の酸素原子を硫黄原子で置き換えて,6-メルカプトプリン(6-MP)を作った。この化学物質はマウスで抗腫瘍作用を発揮したばかりでなく,急性白血病の小児の病状を改善し,激しい毒性は生じなかった。6-MPが成功したというニュースが伝わってから数日間で,ヒッチングスは600件以上の電話を受けた。6-MPに対する人々の期待がとても大きかったので,米国の食品医薬品局(FDA)は1953年末に早々と6-MPを承認した。臨床治験が始まってからたった10カ月,その有効性を裏づける全データが公表される7カ月も前のことだった。
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原文はNASのBeyond Discoveryでご覧になれます。
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