小児白血病の
治療
1. 小児白血病の治療
―イントロダクション
2. 命を救われた少女
3. 標的を特定する
4. 鍵と鍵穴
5. 生産ラインを遮断する
6. 初期の化学療法
7. 仮説に賭ける
8. 系統的な医学研究
9. 新たな展望
10. クレジット
系統的な医学研究
 1954年にデビーを救うことになる2種類の薬が,いまや完成したわけだ。しかし,多くの患者と医師にとって,これはほんの始まりにすぎなかった。メトトレキサートと6-MPの併用によって,わずか3カ月だった小児白血病の平均余命は1年に延びた。症状は軽減し,病気には見えないほどによくなった。当初,科学者も医師も患者も,病気は完全に治ったのだと期待した。しかし,ほとんどの例でガンは再発した。そして,再発したガンには以前に使われた薬が効かなくなっていた。

 当時の医療界には,抗生物質が大成功を収めたこともあって,楽観的な期待が漂っていた。1つの薬で病気の症状をすべて消し去ってしまう,そんな「魔法の弾丸」を誰もが期待していたのだ。しかし,1種類の薬では小児白血病を十分には治療できないことに,研究者も医師も気づくようになった。もっと精密な臨床試験を実施して,どの薬をどう組み合わせ,どんな量をどれぐらいの頻度で投与するのが最適かを正確に決める必要があった。

 次の研究段階で中心となったのは,メリーランド州ベセスダにある米国立ガン研究所(NCI)だった。1937年創設の同研究所には有能な研究者が集まったが,1995年にはフライ(Emil Frei III)とフライライク(Emil J. Freireich)が加わり,白血病治療薬の臨床試験を主導した。柔和なフライと厳しいフライライクが上司のズブロド(Gordon Zubrod)と協力して,化学療法の臨床試験を近代化した。それ以前の医薬品臨床試験は裏づけに乏しいものもあり,明確な結論を出せないことが多かった。米国立ガン研究所の医師たちは,まず「緩解(病状が軽くなること)」を定義することから始めた。患者の自覚症状というあいまいな指標を評価するのではなく,骨髄中の白血球数を計測することにした。次に,臨床試験ではすべての患者に同じ治療を施した。各患者の状態に合わせて治療すべきだと考える医師もいたが,それでは試験の結果が常に混乱してしまう。フライとフライライクは「二重目隠し試験」の概念も考案した。この試験法では,誰がどんな治療を受けているかについて,患者にも医師にも知らされない。医師や患者が特定の治療法が有効だろうと期待すると,判断や効果に偏りが生じるかもしれない。それを避けるために,この方法が不可欠だったのだ。

 こうして実施された初期の臨床試験で,新鮮な血小板を輸血すると,命にかかわる出血を防げることが示された。これによって患者をある程度まで延命できるようになり,さまざまな材料から作られた新薬の恩恵を受けられるようになった。新薬を用いれば,病気はほぼ確実に緩解する。しかし,ほとんどの場合でガンはやはり再発した。きっぱりとガンを払拭するには何が必要だろうか? サザン・リサーチ・インスティテュート(SRI)のシャベル(Frank Schabel)とスキッパー(Howard Skipper)がマウスを使った実験で,たった1個の白血病細胞があるだけで,この致命的な病気が進み始めることを明らかにした。これで取り組むべき課題が明らかになった。最後の1個まで白血病細胞を取り去ることだ。こうして,医師たちは患者から症状がすべて消えた後も,化学療法を継続するようになった。また,シャベルとスキッパーが細胞増殖に関する数理モデルを作り上げたおかげで,ガンをどのくらいの強さと頻度で,どれぐらいの期間をかけて攻撃する必要があるのか,およその目安がつくようになった。多くの医薬品の副作用は互いに異なり,重複しないことがわかったため,医師たちは新段階の治療を試み始めた。複数の薬を組み合わせて,ガン細胞を多方面から攻撃するやり方だ。

 緩解を治癒に変えるには,最後にもう1つ重要な発見が必要だった。脳と脊髄がガン細胞の重要な隠れ家になっていることがわかったのだ。中枢神経系は血液系と隔てられている。そのおかげで血液由来の病気や毒素から守られているのだが,白血病治療薬も中枢神経系には入って行けなかった。そこで,治療薬を脊髄に直接注射したり,頭部に重点的な放射線照射を施した。こうした治療法と新薬を組み合わせた結果,現在では小児白血病の治癒率は80%近くに上がっている。しかし,緩解を維持するために使われる薬は,今でも6-MPとメトトレキサートだ。
   
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原文はNASのBeyond Discoveryでご覧になれます。
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