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BEYOND DISCOVERY
日経サイエンス
海洋の秘密を音で探る
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1. イントロダクション
2. 音と振動
3. 音によるナビゲーション
4. 無音の影領域
5. 海洋での音の伝播
6. 音の伝達経路
7. 海洋に耳を傾ける
8. 海洋の内部を音で探る
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BEYOND DISCOVERY
THE PATH FROM RESEARCH TO HUMAN BENEFIT
■海洋の内部を音で探る
 ソーサスは応用範囲が広く,地球の天気や気候を理解するうえでの重要な情報を入手するのにも役立つ。特に,海洋の温度を地球規模で測定することが可能になり,その測定結果は海洋・大気間の熱交換の働きを解き明かすカギとなっている。海洋は大気の温度を決定する非常に大きな役割を担っている。海面からわずか数mの表層部だけで,大気全体に匹敵する熱容量を持っていると考えられているのだ。
 
 地球温暖化を示す証拠が増えたことをうけ,世界中の科学者たちは観察された温暖化傾向のどれだけが単なる自然の気候サイクルの一部であり,どれだけが化石燃料の燃焼をはじめとする人間活動の燃焼によるものかを見極めようと懸命の努力を続けている。地球規模の気候と気候変動をシミュレートする現在の数値モデルにとっては,地球上の多くの地域で温度が十分に観測されておらず,特に海面下の温度のデータが不足していることが,大きな障害になる。
 
 1978年,スクリプス海洋研究所のムンク(Walter Munk)とマサチューセッツ工科大学(MIT)のビュンシュ(Carl Wunsch)は,コンピューター支援トモグラフィー(CAT)の手法を使って約1000km先までの海洋を監視・調査する構想を提案した。医療分野で利用されているCTスキャンは,人体にさまざまな角度からいくつものX線を当てて,これらの情報を組み合わせて立体画像を構成している。同様の手法を海洋に適用したのが「海洋音響トモグラフィー」で,X線ではなく低周波音によって得た情報を組み合わせて利用する。
 
 海中を水平方向に伝わる音波の場合,その速度は主に温度の関数となる。したがって,音が水中の2点間を伝わるのにかかる時間は,その経路に沿った平均温度を精度よく示す指標となる。多数の深部音響チャネルを通じてさまざまな方向に音を伝えれば,地球の広大な範囲をカバーする観測が可能になる。海洋に何千もの音響伝達経路を設け,それらの観測結果をつなぎ合わせれば,海洋全体の温度地図を描けるだろう。そして,同じ経路に沿った測定を繰り返すことによって,数カ月から数年にわたる温度の時間変化を追跡できるだろう。
 
 1983年,現在ペンシルバニア州立大学にいるスピースバーガー(John Spiesberger)とミシガン大学のメッツガー(Kurt Metzger)は音響トモグラフィーによって全海盆にわたる観測が可能であることを初めて実験的に実証した。ムンクとビュンシュが提唱していたよりも,ずっと広範囲の観測が可能なのだ。スピースバーガーとメッツガーはハワイのオアフ島沖の海底に音源を設置し,そこから4000km離れた太平洋北東部にある海軍のソーサスアレイ9基に音響パルスを送った。2人はこの実験を1987年と1989年に繰り返し,海盆を越えてやってくる音の伝達時間が経路に沿う水温の変化を反映して非常にわずかに変化することを初めて実証した。実験では音の伝達時間が0.2秒ほど短縮したが,これは平均水温がおよそ0.1℃上昇したことに相当する。
 
 1989年,ムンクはオーストラリアにある英連邦科学工業協会のフォーブズ(Andrew Forbes)とともに,気候変動の監視を目的に,音波による観測を10年間にわたって定常的に行う計画を提唱した。地球の半分をカバーする観測結果を安定して得られるかどうかを確かめるため,彼らは南インド洋にあるオーストラリア領の無人島,ハード島の近くに音源を設置し,北極海を除く全海域に受信機を配置した。1991年1月の5日間,米国を中心とする9カ国の科学者チームがハード島沖の船から音響信号を送り出した。image16の受信サイトが1万8000kmものかなたから深部音響チャネルを伝わってきた信号をキャッチした。この実験は温度変化の測定が目的ではなかったが,信号は十分な精度で追跡され,地球規模での音響トモグラフィー観測が可能であることが実証された。
 
 ハード島での実験をうけて,スクリプス海洋研究所のムンクが主導し13カ国の科学者が参加する海洋気候音響温度測定計画「エイトック(ATOC)」が1992年に立ち上がった。この計画の主要目的は,太平洋における水温の平常値を確立し,水温変化を評価するうえでの基準とすることだ。音響信号が海洋哺乳類に及ぼす影響が懸念されたため,エイトック計画の音響伝達は1996年まで遅れた。しかし1994年4月に,サイエンス・アプリケーションズ・インターナショナル社のミカレフスキー(Peter Mikhalevsky)が率いる米国とロシアの科学者チームが北極海を横断する音響伝送実験を行い,驚くべき発見をした。この北極海横断音響伝送(TAP)実験は氷に覆われた北極海での長距離音響伝送による温度測定が可能であることを示しただけでなく,伝達時間の測定結果から,伝達経路に沿う中程度の深度域の温度が過去の記録に比べて平均で約0.4℃上昇していることを明らかにした。その後,潜水艦や砕氷船によって大規模な測定が行われ,北極海の広い範囲でこうした温度変化が生じていることがわかった。現在も精力的な研究が行われている。このTAP実験がきっかけとなって,米国とロシアの共同による水中音響北極気候観測計画「アクーズ(ACOUS)」が1995年に始まった(アクーズはギリシャ語で「聞け!」という意味)。先駆けとなったエイトック計画は1999年に終了したが,アクーズなど他の観測計画がいまも続いている。
 
 気候の監視には他の音響技術も使われている。例えばシアトルにあるワシントン大学の海洋学者ニスチュエン(Jeff Nystuen)は海洋での降水量を測定するために音を利用する方法を探求してきた。地球規模での降水パターンが観測できれば,大規模な気候変動やエルニーニョ現象などの理解に貢献するのは間違いない。ニスチュエンは1985年以来,海洋に降り注ぐ雨の音を水中マイクでとらえ,降雨の程度はもとより,霧雨から雷雨までの降雨タイプを音響的に判別している。水面下を伝わる雨の音を“天然の雨量計”として利用することによって,気象学者たちは海洋全域にわたる降水量の観測が可能になるだろう。
 
 ダ・ビンチが水面下を伝わる船音を聞く方法を提案して以来数百年にわたって,多くの研究者が水中の音響伝播を利用する技術の開発に貢献してきた。水中戦や爆発の検知といった軍事用途から気候変動の監視,海洋生物の研究まで現代社会は多くの恩恵を被っているが,それが自然の仕組みについての基礎的な疑問の答えを追求した研究のおかげであることがわかるだろう。
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原文はNASのBeyond Discoveryでご覧になれます。
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